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失敗を恐れずに挑戦しよう!

失敗を恐れずに挑戦しよう! ―「女性初ノーベル賞受賞」キュリー夫人に学ぶ―
  「放射能」とか、「放射線」という言葉を聞くと、「えっ!」と思う人もいるかもしれませんが、実は放射線の発見は、人類に大きな貢献をした偉大な発見でした。その偉大な発見をした人こそ、キュリー夫人その人でした。
 今日、レントゲン撮影は当たり前の技術ですが、それを可能にしたのは放射線の発見にあったのです。また、現在も癌治療に用いられている放射線治療も、キュリー夫人のラジウム発見にあると言われています。
 マリー・キュリー夫人(1867年-1934年)は、女性初のノーベル賞受賞者であり、偉大な功績で物理学賞と化学賞 あわせて2回も受賞しています。その華やかな功績の陰には、彼女の生涯をかけた研究との挑戦がありました。
 キュリー夫人は、ポーランドの首都ワルシャワで生まれ、家庭は経済的には恵まれた環境ではありませんでした。 子供のころから勉強が好きで成績も優秀でしたが、父の失職や母・姉との死別などの不幸が続きました。幼い頃から キュリー夫人は、厳しい逆境の中でも、「私は絶対に負けない」との強い信念がありました。
 当時のポーランドには女子が入れる大学がなかったため、家庭教師をしながらフランス留学を目指します。 24歳でパリ大学に入学し、貧しい生活に耐えながら勉学を続けました。そのような中で、フランス人の物理学者ピエール・キュリーと出会い、結婚しました。そして、二人は協力して放射能の研究を始めました。
 二人は粗末な研究室で何トンものウラン鉱石を分別蒸留する4年にもわたる作業を根気よく続け、ついに、ラジウムを発見しました。8トンのピッチブレンドから取り出せたラジウムは、わずか0・1グラムでしたが、誰も成しえなかった快挙で、1903年、放射能の研究成果が認められ、キュリー夫妻にノーベル物理学賞が贈られました。
 努力がようやく実り、幸せにみえたキュリー夫人に突然の不幸が襲いかかります。ノーベル物理学賞受賞から、わ ずか3年後、最愛の夫ピエールが馬車にひかれる事故で亡くなってしまうのです。さらに、マスコミのいわれなき批判にさらされました。キュリー夫人はそうした中でも悲しみを乗り越え、いかなる誹謗・中傷にも絶対に負けないとの信念で研究を続け、金属ラジウムの分離に成功し、1911年に今度はノーベル化学賞を受賞します。
 受賞後も、第一次世界大戦中はエックス線撮影機を積んだ車に乗って戦場をまわり、撃たれた兵士の治療にも貢献しました。これらの被曝がもとで66歳で亡くなるまでの間、精力的に研究を続けました。常に探究心や好奇心を持ち、そして忍耐力で放射線という未知の世界に挑戦しました。言葉では言い表せない苦労の連続でした。キュリー夫人の生涯には、女性初のノーベル賞受賞に対する嫉妬や差別、更にはマスコミからも言われなき批判、中傷があり、嵐のような逆境が続きましたが、決して負けずに、常に笑顔を忘れなかったと言われています。
 自分の研究を通じて、人々を幸せにしたいという夢に、キュリー夫人は生涯を捧げました。その夢に本気で挑んだ情熱が多くの逆境を乗り越え、二つのノーベル賞という偉大な業績を成し遂げたのです。キュリー夫人は亡くなる間際まで、研究を続けました。失敗を恐れず、「忍耐と自信を持て」との信念で、新たなことに挑戦しつづけるキュリー夫人の生き方は、必ずや本書を手にした君の心になにかを訴えかけるのではないでしょうか。
 これから迎える入試も、受験生の君にとっては、大きな試練になるかもしれません。しかし、キュリー夫人のように夢に向かって挑戦する気持ちを持ち、「負けない心」と忍耐、さらに自分に大きな自信を持てば、必ず道は開けていきます。これから未来を目指す君には、大きな壁がいくつも立ちはだかるでしょう。その時に負けない自分、あきらめない心をこの受験を通して身につけてください。
 INGの先生はいつも君の道しるべとなり、勝利の栄冠をつかむその日まで全力で応援し続けます。 未来を生きる君の可能性は無限大です。入試で勝利し、社会で勝利できる人になる事を目指して、誰にも負けない 挑戦を、忍耐強く、開始していきましょう。

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代表 岡田 弘行

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